平和通り物語(あゆみ)
第二次世界大戦(太平洋戦争)末期、昭和20年(1945年)4月15日の川崎大空襲で市は焦土と化し、平和通りのある川崎市役所、駅周辺も一面焼け野原となりました。
B29二百余機が飛来し二時間近くにわたり焼夷弾・爆弾が投下されたといわれています。
現在、平和通りのある、国道15号線(第一京浜国道)から一筋駅寄りに入ったところは、当時「公設通り」と呼ばれ、昭和10年頃の文献資料にも、その名が記載されています。
戦後、廃墟の中、幾度も会合を重ねる中から「平和」を願う思いを込めて、誕生した名前が「平和通り」です。「誰が言い出したかさだかではないが皆の思う気持ちだった」と、当時役員を務めていた長老からは幾度となく聞かされています。
戦後復興の中、商店街にネオン看板が取り付けられ「平和通り商盛会」と書かれたその横には、平和の象徴「はと」が一緒に並んでいました。
その後、経済の成長に合わせるように誕生した「振興組合法」にもとづき「川崎平和通り商店街」として県内最初の振興組合としての登録を行い、市制40周年を翌年にひかえた昭和38年(1963年)*には、アーケード完成記念として、青森「ねぶた祭り」パレードを開催、賑やかさを誇る商店街として成長しました。
以降、駅周辺の整備に伴う商業地盤の変化や高度成長期を踏まえ、環境は大きく様変わりをしました。
その間、組合員の入替わりや新旧世代交代が進む中、平成3年(1991年)老朽化したアーケードを撤去しモール化事業に着工、翌年完成を迎えました。
加えて、防犯カメラの設置、緊急時における押しボタン式防犯灯の設置など、商店街に来街される皆様への安心・安全な街づくりにも取り組んでまいりました。
近隣各商店街との合同企画イベント「いいじゃんかわさき」の開催、隣接する東田公園のリニューアルに伴う行事など、各事業も、点から面へと広がりを見せて今日に至っております。
平和に願いを込めて発足した商店街の先駆者、諸先輩への感謝を込めて、その歩み、軌跡を以下に綴ります。
*川崎市誕生:大正13年(1924)7月1日、人口50,188人、面積22,23平方㎞
平和通商店街の歴史
昭和22年(1947) | 戦後第一回川崎市議会招集。日本国憲法施行。 |
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昭和25年(1950) | 市営バス開業(浜町3丁目~新丸子駅前) |
昭和26年(1951) | 市営トロリーバス開業(川崎駅前~桜本、料金8円)東日本初。42年廃止。 |
昭和28年(1953) | 平和通商盛会」発足。NHKテレビ放送開始。 |
昭和32年(1957) | 川崎市人口50万人突破。 |
昭和33年(1958) | 一万円札発行。 |
昭和34年(1959) | 川崎駅ビル全館完成。 |
昭和35年(1960) | プロ野球日本シリーズ、大洋ホエールズ(現:横浜ベイスターズ)優勝。 |
昭和37年(1962) | 平和通り野球部発足。 |
昭和38年(1963) | 「川崎平和通商店街振興組合」設立。アーケード完成。 |
昭和39年(1964) | 東京オリンピック開催。 |
昭和40年(1965) | 川崎市人口85万人突破。 |
昭和44年(1969) | 昭和19年から開通した市電3月31日廃止。 |
昭和47年(1972) | 川崎市が政令指定都市となり五区制誕生(川崎、幸、中原、高津、多摩)。札幌冬季オリンピック開催。 |
昭和48年(1973) | 川崎市人口100万人突破。 |
昭和49年(1974) | 市制50周年。 |
昭和53年(1978) | 第一回かわさき市民祭り開催。 |
昭和56年(1981) | 第一回「川崎氷の彫刻選手権大会」開催。 |
昭和57年(1982) | 高津区から宮前区、多摩区から麻生区が分区して七区制に移行。 |
昭和59年(1984) | 市制60周年。 |
昭和61年(1986) | 川崎駅前地下街「アゼリア」誕生。 |
平成3年(1991) | 老朽化に伴いアーケード撤去しモール化工事着工。パレール完成。 |
平成4年(1992) | モール化完成。 |
平成5年(1993) | 川崎市役所第三庁舎完成。第12回「氷の彫刻選手権大会」開催。 隣接商店街「たちばな通り」「東田商店街」と初めて同日開催イベントを行い「いいじゃんかわさき」発足の足掛りとなる。 |
平成6年(1994) | 市制70周年。 1982年よりの継続イベント「川崎氷の彫刻選手権大会」を「遊遊カーニバル」と改め第一回開催。 前年に加え「仲見世通り」「パレール商店会」も同日にイベントを開催、第二回「いいじゃんかわさき」と命名。 |
平成8年(1996) | FMかわさき市民放送開始。「いいじゃんかわさき」に「いさご通り」参加、現在の6商店街となる。 |
平成9年(1997) | 川崎~木更津間の東京湾横断道路開通。第五回「いいじゃんかわさき」開催 |
平成10年(1998) | 長野冬季オリンピック開催。 |
平成12年(2000) | 川崎市人口124万9851人、世帯数54万1916世帯、面積144,35平方㎞。川崎球場が半世紀をもって閉鎖。 |
平成16年(2004) | 市制80周年。 |
平成17年(2003) | 東田公園リニューアル完成イベント協賛。 |
平成20年(2008) | 商店街ホームページ公開。第16回「いいじゃんかわさき・遊遊カーニバル」開催。 |